ロバの耳

余計な一言を気兼ねなく言ってみたい、毒を吐き出すブログ

安倍さんの国葬儀が終わった。

安倍さんの国葬はまるでリトマス試験紙のように普段、政治的なことは一切隠していた普通の人たちの本音を明らかにしたような気がする。

 

海外に10年暮らし、友人が難民救済機関に属していたこともあって多くの難民や祖国を捨てた人たちと知り合ったこともあり、日本という国に生まれたことがどれほど幸運なことだったか身をもって知った。なんと言っても、国民にとって、自国を大事にし、自国が安全で継続することが自分たちにとって第一の望みであり、願いだと思うのだが、そうではない数多くの人たちがこの日本という国に保護されている幸運を考えようともせず、反日に走り、日本に害をなそうと狙う国のプロパガンダを信じて、安倍さんのような人は金持ちなんだから自分ちで葬式を出せばそれでいいのにと憎々しげにコメントを書き、それに賛同する人たちが集まるのを目撃した。穏やかな人たちの集まりのように表面上は見えるのに、なぜ日本のために奮闘した元首相を嫌うのか、口々に悪し様に言うのか良くわからない。

 

しかもそこに、意見が合うわねと言ってきた人も同調していた…。こういう所が日本人の嫌なところだ。普段から嫌なら嫌、それは違うと言えば良いだけなのに、同じ意見だと言いながら別のところで反対のことを言う。たかがブログ、相手と何らの義理も生じないところでさえ相手の意見に添うことを考えるって、節操のなさに愕然とするし、あんた、いくつと言いたくなる。

 

安倍さんが死去した際には多くの国で半旗がひるがえり、彼を惜しむ人たちの声が海を越えて多数届いた。この安倍さんの外交面での活躍とその成果を安倍さん一代で終わらせず、今後につなぐためにも国葬儀は必要だったし、天候皇后両陛下も多数の国賓たちとお会いになったのもそういう意味も含まれていたと思うし、ある程度の成果は収めたと思う。

 

残念ながら、日本は老いた、衰退していく国のように思える。しかも近くには虎視眈々と狙っている反日国家が控えている。多くの国と友好関係を結んでおくことが非常に重要であり、多くの海外要人に愛された強いリーダーだった安倍さんがいなくなった今、国民がやるべきことが政権の足を引っ張ることではないのは、確かだろうに、平和ぼけしたまま日本という類を見ない平和で素晴らしい国は滅びていくのだろうか。